常水町の歴史

更新日:ページ番号:5102

町内の水路沿いには、江戸・明治・大正に建てられた木造の建物が数多く残っています。

地名の由来

常水(とこみず)の名は、「床水」に由来します。この土地は昔から湧き水が豊かで、家々が床下に水を引き込んで暮らしていました。その床水が郡の名になり、いつしか「常水」と書くようになりました。

台所に水を引き込んだ川端(かばた)は、いまも町でいちばん古い水路として使われています。

大浮上と澄和

大正15年(1926年)の暮れ、常水郡は地面ごと浮き上がりました。これを大浮上と呼んでいます。理由はわかっていません。

地上では同じ年の12月25日に改元がありましたが、その知らせは届きませんでした。常水の暦は、大正15年から澄和元年へつながっています。この町は、昭和を一日も知りません。

常水郡から常水町へ

郡役所と郡長は、大浮上の前の大正15年7月1日に廃止されていました。浮き上がったとき、この土地の上に立つ役所はありませんでした。そこで町村長たちが集まって選んだのが、浮洲長です。のちに、八つの町と四十あまりの村が一つになり、常水町になりました。

年表

年できごと
大正15年7月1日郡役所と郡長の廃止
大正15年(1926年)の暮れ大浮上。澄和元年
澄和20年代水車と小さな水力発電が町じゅうに行き渡る
澄和41年水伝(湿った空気を伝わる電気)が見つかる
澄和50年代魚発(魚の動きから電気をとる仕組み)が見つかる
澄和62年〜78年発電に向く生きものの見比べが続く(鴨の年)
澄和79年第十二代浮洲長が、鯉と金魚を発電魚として正式に採用
澄和84年魚発研究所を開き、発電魚の系統を町のものとして種苗の無償配布を始める
澄和90年代町じゅうの水路が澄む(澄み替わり)

継ぎ足しの町

常水町には地震の記録がなく、建物が長く残ります。古い家を壊さずに継ぎ足し、直した跡は朱漆か真鍮で縁取ってきました。町で最も尊敬される職人は、継ぎ手大工です。

何度も継ぎ足して三層になった水路沿いの木造家屋
継ぎ足しを重ねた水路沿いの家

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